ペジェグリーニ時代の問題点
さて今季のウェストハムとモイーズを語る上でまず忘れてはならないのが、前任者のマヌエル・ペジェグリーニ時代のサッカーについてだ。
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過去にはマンチェスター・シティでも監督を努めた老将は、そのシティ時代にはプレミアのトロフィーも獲得した実績十分の監督である。しかしながらウェストハムでは成功しているとは言い難い状態だった。
問題点はいくつもあった。まず守備のルールを構築できず、選手の適切な配置もできていなかった。加えて米メディア『ジ・アスレチック』によると、自主性を重んじるマネジメントが裏目に出て、チームメイト同士の関係性が希薄になり、チームはまとまりに欠いたという。
加えてペジェグリーニ自身が頑固な性格をしていたため、それらの一つ一つの課題を解決するのに時間がかかった。老将の頑固さを象徴するエピソードはいくつもある。まずはシステムは固定で、機能していなくても同じフォーメーションや選手配置を続けることが多かったことだろうか。
他にも調子が落ちた時期にチームの分析部門が提案した統計的な課題点を見せられたペジェグリーニは「統計データは調子が悪い時に出てくる結果論だ」と一蹴したそうだ。結果、分析したビデオを選手個人やチームへのアドバイスの際に使用しないこともクラブ内では問題視されていたという。現代サッカーではありえない判断だろう。
結果、最終的に2019年12月に解任される頃には、ウェストハムのチーム状態はバラバラになり、選手のレベルを考えるとありえないケアレスミスも連発する状態になっていた。
たまたま筆者は、ペジェグリーニの解任試合となった年末のレスター戦にロンドンスタジアムに訪れていたのだが、サポーターのフラストレーションは頂点に達していた。それでなくとも、荒くれ者が多いウェストハムファンたちだが、汚い野次が普段以上に飛び交う最悪の雰囲気だった。
守備面のモイーズ変革
そんな中、モイーズが監督に就任すると、残留争いをしていたチームの調子は徐々に上向いていく。
まず最初に、モイーズは守備の意識を植え付けた。初戦のボーンマス戦こそ前から激しく守備を行う傾向があったが、徐々に4-2-3-1のシステムでリトリート気味に守る戦い方を定着させていく。
そんな中で大きな役割を担っていたのが主将マーク・ノーブルのトップ下起用だ。本来は3列目の選手をトップ下で起用する采配は、攻撃面でやや足を引っ張る結果になり、賛否両論あったが守備面での効果は間違いなく大きかった。相手のビルドアップ時に、絶妙に縦パスのコースを切るノーブルが高い位置で蓋をし続けたおかげで、2ボランチが釣り出されることがなくなったのだ。
結果、ペジェグリーニ時代にはワンアンカーで起用されて、ノールールのまま一人で広大な中盤のスペースをカバーすることを求められて苦しむ時期が長かったデクラン・ライスも、限定されたエリアでピンチの芽を詰むタスクを完遂できるようになる。
一方でこの4バックはいくつかの課題を抱えていた。一つはトップ下に関して。そもそもノーブル自身が攻撃面ではトップ下の適性がイマイチな点。またアカデミー出身のワンクラブマンも既に33歳であり、年間稼働できる年齢ではなくなっていた。
彼が不在時は左ウイングでプレーすることが多いパブロ・フォルナルスが代わりにトップ下に入ることが多く、この代替采配は攻撃面では機能していたが、守備面ではノーブルほどの結果を残せなかった。スペイン人MFは、守備意識自体は非常に高い選手だったが器用にパスコースを切る続ける守備が得意というわけではなかった。
またCB陣のタレント力の質が攻撃陣と比較するとやや低かったのも問題だろう。ファビアン・バルブエナは対人戦に強くアンジェロ・オグボンナはポジショニングに秀でるCBだが、彼らは揃ってスピード系に滅法弱い。また若手CBのイサ・ディオプも身体能力が高い有望な選手だが集中力の継続が苦手で試合中にボールウォッチャーになってしまうことがしばしばあるタイプだった。
そこで今季からモイーズは5-4-1をメインに変更することを決断する。CBの人数が増えることでミスをカバーしやすくなるフォーメーションは今のウェストハムに見事にハマった。
9節終了時点での10失点は、首位のスパーズに次いでリーグでは2番目に少ないスタッツである。しかもこれは偶然ではなく1試合あたりの平均失点期待値も昨季の1.61から1.19にまで減少している。見事に堅守の構築に成功したのだ。
攻撃面の戦術
しかも上手くいっているのは守備だけではない。現在のウェストハムは、5バックにしても攻撃時に後ろがかりになりすぎない秘訣もあった。その一番の要因はマイケル・アントニオの存在だ。
スピードとパワーを兼備する遅咲きのストライカーは、ロングボールに裏抜けして単独でシュートに持ち込めるだけでなく、アバウトなクリアボールでもキープし、素早く駆け上がってくる味方に素早く展開することも可能だ。結果、5バックで問題になりがちな、重心が重すぎて、押し上げに苦しむ問題が起こりにくい。
加えてボックス内でのぶつかり合いにも強いため、前線で数的不利な状況でも、身体能力の高さを生かした強引なシュートでゴールをこじ開けることも可能だ。第6節のシティ戦で見せたバイシクルシュートは、まさにアントニオのポテンシャルの高さを見せつけたゴールである。
結果、最前線にアントニオが君臨する限り、5バックの攻撃面での課題が起こりにくいのだ。
加えて昨冬に加入したトマーシュ・ソウチェク存在も大きかった。5節スパーズ戦後に、敵将ジョゼ・モウリーニョ監督が「モイーズは『新しいフェライニ』を見つけたようだね」と、モイーズのエバートン時代およびユナイテッド時代の教え子を引き合いに出しながら現在のウェストハムの戦術を指摘している。
というのもこのチェコ代表MFは、まさにフェライニのような選手で、基本的には2ボランチの一角でプレーするものの、ここぞという場面ではボックス内にまで侵入し、192cmの上背を生かした空中戦の強さをいかんなく見せつける。またフェライニ以上にハードワークの意識が強く、体格の割にアジリティもあるので、守備面で穴になりにくいのもポイントだ。
またソーチェクに限らず、ライスや、左ウイングバックのアルトゥール・マスアクや、今夏加入した右ウイングバックのブラディミール・ツォウファルらも、前への飛び出しの意識が強いタイプだが、彼らも5バックだからこそ積極的に前に出ることが可能になっている。
モイーズはペジェグリーニと比較すると、明らかに攻守両面で適材適所の采配に成功しているのだ。
染み付いた悪しきイメージと実態
さてここで改めて考えたいのが、モイーズは結局、いい監督なのか悪い監督なのかという点だ。
このスコットランド人のベテラン監督は、客観的に見ると、やや不憫な存在だ。エバートンで長期政権を築くことに成功し、素晴らしい監督とされていたにもかかわらず、マンチェスター・ユナイテッドでのこっぴどい失敗一回でその良いイメージを大幅に覆された。
確かにモイーズは赤い悪魔で指揮をとるに相応しい監督ではなかったのかもしれない。ワールドクラスのタレントたちを束ねる求心力があったかは定かではない。また攻撃的で相手を支配する戦術をチームに落とし込む力もあったかは微妙なところだ。実際に今の戦い方も基本的には守備的である。
そして移籍市場で上手く立ち振る舞う力も物足りず、当時足りていなかった能力を挙げだせばきりがない。ただしそれはあくまでも、当時の過渡期にあったユナイテッドを再成長させるという難しいミッションを達成するのに十分な能力を有していなかっただけだ。
一般的なプレミアリーグの基準に照らし合わせて考えれば、十分に優秀な監督であることは間違いない。それはエバートン時代にも証明してきたし、今のウェストハムでもそうだ。
もちろん現在でも采配が遅い、第二、第三のプランがないなど、課題が残っているのは間違いない。それでも、一時期は駄目監督の象徴になり、『フットボールジーニアス』などと皮肉を言われることも多かったが、それはさすがに過小評価と言わざるを得ない。
今後、BIG6のような規模で再び監督をすることがあるかはわからない。ただし、その次の規模感で、上を目指す第二勢力のクラブにとっては十分モイーズは名将であると言えるだろう。引き続きフットボールの天才の采配には注目していきたい。
(文:内藤秀明)
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監督は謀略者でなければならない。それが世界最高峰の舞台であるプレミアリーグであればなおのことだ。さらに中堅以下のクラブを指揮している場合は、人を欺く行為こそ生存競争を勝ち抜くために必要な技量となる。もちろん、ピッチ上における欺瞞は褒められるべき行為で、それこそ一端の兵法と言い換えることができる。
BIG6という強大な巨人に対して、持たざる者たちは日々、牙を研いでいる。ある監督は「戦略」的思考に則った「戦術」的行動を取り、ある監督はゾーン主流の時代にあえてマンツーマンを取り入れ、ある監督は相手によってカメレオンのように体色を変え、ある監督はRB哲学を実装し、一泡吹かすことだけに英知を注ぐ。「プレミアの魔境化」を促進する異能たちの頭脳に分け入るとしよう。
【了】
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December 01, 2020 at 08:01AM
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