国内外のクラブでコーチとして、ＦＷ三浦知良のパーソナルコーチとしても経験豊富な喜熨斗（きのし）勝史氏のネット限定コラム「Ｃｏａｃｈ’ｓ ＥＹＥ」。第４回のテーマは川崎の「クオリティーフットボール」
Ｊ１トップを独走する川崎フロンターレ。ミッドウィークにルヴァン杯を戦い、中２日でアウェー・横浜Ｍとの一戦に臨んだ。試合は開始早々、マリノスの先制点で幕を開ける。裏のスペースへインナーラップして抜け出した松田がグラウンダーのクロスを入れる。川崎の守田の足に当たってこぼれたボールをマリノスのマルコスジュニオールが落ち着いて決めた。出鼻をくじかれた川崎だが、スタイルは変わらない。パスを回し、ラインの高いマリノスの裏のスペースを個人技とパスワークで狙い続けた。前半のうちに三苫の突破で１―１に追いつくと、後半開始５分で２点を挙げ、３―１と突き放す。マリノスは、豪雨で反撃が難しくなる不運もあったが、そのまま成す術なく神奈川ダービーを終えた。
サッカーは「クオリティー」、つまり「質」を競うスポーツだ。これは、ピクシーはじめ、欧州の多くの指導者が口にする言葉だ。勝ち点や得点を競う、という意味では間違いなく「クオンティティー」、つまり「量」を競うスポーツだが、その「量」を稼ぐためのプロセスには、明らかに「質」の高さが必要なのである。
川崎のサッカーはまさにクオリティーフットボール。データをみても、１試合平均５００本のパスを成功させ２・９点を挙げるクオリティーは断トツだ。さらに川崎は平均５５％以上のポゼッション率を誇る。つまり、あくまで計算上だが、川崎に勝つためには、インプレー６０分中の４５％、つまり２５分前後で４点取らなければいけないことになる。これは、相手チームにとって、かなり高いハードルになる。「先制点を取って必死に守って失点を抑える」川崎の連勝を止めた名古屋グランパスの戦い方は理にかなっていたといえる。
猛暑の中でも連勝を続けられる、そんな川崎のサッカーを「クオリティーが高いので、走らなくても勝てる」、「効率のいいサッカーができる」と表現する人もいる。確かにこの試合の川崎の総走行距離を見てみると１０８・５キロ。相手のマリノスの１１２・４キロに比べると少ない。データから見ると、楽に勝っているイメージがある。しかし、見方を変えて、「Ｃｏａｃｈ’ｓ ＥＹＥ」で見てみよう。川崎は、中盤、もしくは前線でボールを持った選手が相手の裏のスペースに蹴ることができる状態であれば、誰かが狙って走り出す。パスが出るか出ないかは別にして、ほぼ、必ずと言っていい。しかも９０分間途絶えることはない。ボールを持った選手と書いたが、ワンタッチで蹴り込める状態の時も含まれるので、相手ＤＦにとってはかなり厄介だ。さらにＤＦのオーバーラップやインターセプトのスピードとタイミングも絶妙だ。インターセプト４位、タックル３位というリーグデータにそのクオリティーが表れている。
総走行距離とは別にスプリント回数を見てみると、この試合川崎は１５６回のスプリント、マリノスも１６０回とどちらも良く走った。１時間遅れで始まった鳥栖と横浜Ｃの試合で、どちらも総走行距離は１１５ｋｍ以上走ったにも関わらず、スプリントは１４０回に満たなかったことを考えると、決して楽をしていた訳ではないことがわかる。総走行距離を抑えてスプリントを増やす。走りのクオリティーを上げるということだ。
サッカーでは決定的な場面はハイスピードの中で起きる。スプリントを増やすことで、決定的な場面を増やすことも出来るし、決定的な場面で守ることも出来る。だいぶ昔の話だが、日本代表のトルシエ監督が、まだ総走行距離しか試合中に測定できなかった時代に「発想を１８０度変えて、ハイスピードの練習を増やせ」と言っていたのを思い出す。なぜなら、プレーのスピードが上がれば上がるほど、高い技術と早い判断が求められ、試合でそれを発揮するためには、普段からインテンシティ（負荷）とスピードを高めた練習をしなければならないからだ。まさにサッカーの「クオリティーを追求しろ」と言うメッセージだ。９０分で１０キロ走るだけなら、町の“おじさん”でも出来るし、マラソン選手なら３０キロも走ってしまうのだから。
中国で戦っているときに広州恒大のカンナバーロ監督とサッカーのクオリティーについて話したことがある。彼は「スピード×正確性（適時性）×回数」これをクオリティーと、まとめて呼んでいた。これは、ボールテクニックもフィジカルキャパシティーも同じである。ただ、ストイコビッチ監督はそれに加えて「やっぱりアイディアでしょ」といって笑ったのを覚えている。昨日の川崎はまさにピッチ上でそれを表現した形になった。独走する川崎フロンターレを止めるには、それを超える「アイディアと努力」が必要だろう。
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September 06, 2020 at 10:58AM
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